tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

小1息子の下校がやはり心配な話

こんにちは。本日もtokiwaです。

息子が小学校に通い始めて3週間と2日、さきほど早くも「担任の先生からお電話」を頂戴してしまいました…

下校ルートのいろいろ

今日は、息子が初めて、小学校から直接英会話に行く日です。施設の先生が小学校までお迎えに来てくださり、何人かの同級生と一緒に歩いていく約束になっていました。

小学校を出るなり、自宅に帰宅するのとは反対側に行くルートになります。

なのですが。

何を思ったか、というか何も考えていなかったのでしょう、息子はいつもと同じ下校ルートで、ボランティアの方や近所のお友達と学校を出てしまったのです。

途中で気が付いた息子は、一人で小学校に引き返しました。

施設の先生や一緒に行くお友達も「チビtokiくんがいない!」と気が付いてくれて、小学校で待っていてくれたのでした。

そして無事合流。なんというお騒がせな。

担任の先生からのお電話は、この顛末をご連絡いただくものでした。

ご関係の皆様申し訳ありません…。

下校ルールもいろいろ

このご時世なので、下校時の管理や約束事も、親の小学校時代とは比べ物にならないほど多いです。各小学校でルールは色々と思いますが、息子の通う小学校はこんな感じです。

下校時には、入学したての今の時期だけ、近くのお友達同士の下校班に学校の先生やボランティアのかたがついてくださいます。

また、通年で全学年、下校ルートが識別できるリボンを帽子につけることになっています。

加えて、下校ルートが変わるときには、担任の先生に連絡帳でお知らせをしておく必要があります。

ルールの通りに親が連絡帳を書き、先生がそれをチェックしてくださり、そして先生が息子とは別の下校ルートのお子さんたちの引率をしている間に、息子はいつものルートで学校を出てしまったのでした。

先生から「連絡帳に書いていただいてたのにすみません!」と言われましたが、いや悪いのは完全にうちの息子なので…。

なぜ誰にも気づかれず、静かにボケるの息子…

実際、大人の目に頼っている

「小学生は一人で帰れる」というのは一定真実に思えるのですが、結局こういうちょっとした「予定外」があると、息子はもし大人の管理や引率がなければ無事に英会話にたどり着くことが非常に難しかっただろうなと思います。

英会話は学区内ですし、小学校からの道順も息子は理解してはいますが、非常に大きな道を渡ります。生まれて初めて登下校するようになって3週間で、一人で渡ったことのない大通りを皆の後を追いかけて慌てて渡るのは、想像しただけで恐怖です。

そもそも、間違えてどこらへんまで帰ってきたのでしょうか。慌てて一人で小学校に引き返したと思います。一人で慌てていたのに道路はちゃんと見て渡ったか、車に注意していたか、非常に心配です。

悩むこと・とろうと思っている対応

昨日も何回も、英会話の先生たちとの集合場所を確認し、親が連絡帳を書いたうえに担任の先生に「今日は違うルートで帰ります」と伝えることも約束し、朝見送るときにも「小学校からそのまま英会話行くから、気を付けてね」と念押ししたのに、一番大事なときにその一切合切を忘れているとは。息子の「日常何も考えてない具合」がふと現れるので心配です。

何が心配かというと、「何も考えてない具合」と「その結果引き起こされるイベント」が、こうしてしばしば予想を超えてくることです…。

間違えて途中まで帰ってきてしまって、引き返すのは果たして安全面で最適解だったのか。英会話の先生やお友達をお待たせしていたので、たまたま「正解」でしたが、今後もしそういうことがあったらどうすべきか悩みます。

今後は、大きな道を渡ったあとなら、一度帰宅しなさいと言おうと思っています。そして急いで英会話にお詫びの連絡。

他の予想外パターンもいろいろありそうなので、何か(あまり何も考えていない)6歳児にもわかりやすい「原理原則」を提示しなければと思います。

一度小学校を出て家に向かったら、基本的には一人でUターンないようにしてほしい。

今日帰ってきたら、まずは息子が自分からなんと言い出すかですが、よくやり取りしなければと思います。

 

ちなみに、小学生用のGPSを持たせています。でも、アラームが鳴るわけでもなく、今回はあまりに短時間・地味な行動で気が付きませんでした。静かにボケるの本当にやめて…。

今日も子供たちの命あることに感謝するところから始まる我が家なのでした。

時間がとけていく話

こんにちは。本日もtokiwaです。

最近、少し寝不足傾向で疲れがたまっていることに気が付き、今日のテーマはこれにしようと思います。

忙しくなくなってきたはずなのに忙しい

私は会社を退職し家を拠点に生活や仕事を展開することを決めた人間ですが、その狙いの一つに「忙しさをコントロールすること」がありました。

仕事の忙しさの最大値を抑える。前向きになれないほどの仕事量を抱え込まない。家庭のことでバタつくときには仕事を減らせるようにする。など。

実際、雇用主も顧客もいない今、仕事の仕込みと育児・家事しかハンドリングしていないのに、なぜ睡眠が不足するのか。

今までせずに済ませてきた「子供の勉強に毎日たっぷり時間をとる」「育児家事をワンオペでやりきる」というあたりの負荷が増しているのは間違いないですが、そうでないところにも薄っすら原因を感じたので、そちらにフォーカスして整理したいと思います。

過去との比較

過重労働だった会社員時代は、よく比喩で「自転車操業」とか「皿回し」とか言いますが、まさにそういう状態でした。やり忘れたりやり方をミスすれば大問題になることを山のように抱えていました。本当はよくないのですが、スピード出しすぎ運転のように「私、これでミスしていないのただの奇跡だな」とよく思っていました…。

とにかく会社でも家でも分単位ですべきことが溢れかえっていて、最速で終わる段取りや手順を考えなければ「破綻する」という状態でした。

今は「破綻する」という切迫感はないなと思います。最速で終わる段取りが組めなくても、せいぜい「私今日1日でこれしかできてない」とか日中「眠いな」と思う程度で、「誰かに高額の損失を発生させる」とか「自分の社会的地位が暴落する」という不安からフリーになりました。

そのために「死ぬ気で合理化する」ということはなくなったなと思います。

家事も仕事も合理化すれば、実行するときのエネルギー消費が最小化できますが、「合理化する行為」自体はとてもエネルギーが要ることだと思っています。

死ぬ気で合理化しなくても運営できる日常を前に、死ぬ気になる必要性が薄れたということかもしれません。でも、その結果疲れたりしているという皮肉。

合理化しないことを、私は「時間をとかす(融かす)」と呼んでいます。本来ここに残っていたはずの時間が、意図せず流れ失われてしまうことを表しているつもりです。

時間をとかすことの贅沢と不幸

時間をとかさず温存する努力、「合理化」のためのエネルギーは馬鹿にならないので、そのエネルギーを使わなくて済むということは私にとっては贅沢であったりもします。そしてその贅沢のせいで、時間を失うし、こなした仕事量の少なさに自己嫌悪するというトレードオフが存在します。

この問題から解放されるためには、

  • 合理化にどれだけエネルギーを取られると自分の幸福度が下がり始めるか
  • 1日に最低どのくらいの家事・育児・仕事の量がこなせると自己嫌悪に陥らずに済むか
  • 睡眠・余白の時間をどれだけ残したいか

これらを明確にすべきと改めて思いました。

3者ありますので、折り合わない可能性はまだ残っていますが…。謎の疲労感の容疑者を整理し言語化しただけでも一歩前進です。

 

心身とも「穏やか」で「健やか」を実現しようとする毎日が続きます。

6歳と2歳の音楽の趣味の話

こんにちは。本日もtokiwaです。

寝かしつけ等々を終えてこのブログを書いています。寝かしつけながら思い立ち、いまの記録に残したく今日はこのテーマです。

我が家の子供たちの入眠儀式

我が家の子供たちの入眠儀式は「YoutubeSpotifyで音楽を聴くこと」になっています。本の読み聞かせができれば理想なのですが、明かりをつけると目がらんらん、二人の子供たちの趣味(内容の複雑さ?)が全然合わない、ひとたび読み出すと引きも切らない、などなど不都合が多すぎるため挫折しました。みんなで楽しめる曲を兄・妹それぞれ1曲ずつ毎日リクエストしてもらっています。

彼らの音楽的バックグランドはどこなのか

我が家はEテレも毎日見ますし、金曜ロードショーも録画していますし、スーパーヒーロータイムも欠かしません。基本的にはそういうところから音楽が流入してきていると思います。

ディズニーの映画音楽

いま2歳の娘は、『美女と野獣(アニメ版)』と『塔の上のラプンツェル』『アナ雪(1も2も)』が大好きです。ほとんどが彼女が生まれる前の作品で、金曜ロードショー様様です。美女と野獣なんて公開されたのは私だってたしか小学生の頃です。こういうところにディズニーの凄さを感じます。私は子供時代ほとんどディズニーに触れずに育ったため、子供をもってはじめてディズニー映画とその音楽にまともに接触することになりましたが「これを知らなかったなんて30余年を損した」と思わされます。

親の青春時代から活躍している歌手

枚挙に暇がないですが、何十年も活躍するというのはそれだけで素晴らしいことなのに、そういう人たちはむしろ凄みを増しているようにさえ感じます。親子で同じ人の音楽を楽しめるって最高です。

「がらぴこぷーのスキッパーさんはマーベラス西川だし仮面ライダーの歌も歌っているんだよ」

と教えたときの息子の困惑した顔。2歳女子も低音ボイスで「ゼロワンゼロワンゼロワンゼロワン…」と歌っています。

もう一つ、昨年LUNA SEAが主題歌を担当したアニメ『ガンダム THE ORIGIN』を私が録画して何度も子供たちの前で見ていたため、当時5歳と1歳がLUNA SEAを熱唱するようになりました。夫が「こんな小さい子らが自分たちの音楽に染まっているのをみたらLUNA SEAは泣いて喜ぶんじゃないか」などと僭越なことを言っています。

ちなみに夫はもともと好きだったようですが、私は若い時分に特にLUNA SEAに思い入れはありませんでした。やはりアニメを見ながら「20年くらいすれ違い続けてしまったのだな」と後悔した出来事です。

なぜか世界のディーバたち

ある日何かのテレビ番組のBGMでホイットニー・ヒューストンの”I will always love you”、いわゆる「エンダアアア」が流れた日に、動画を見せて以来息子の大のお気に入りに。やはり最後のサビを待ち構えていて、差し掛かると「キャー」と喜びます。

「このおばさんの歌は強い感じだから好き」と言うので、SIAを聴かせるとそれもしょっちゅうせがまれるようになりました。試しにビヨンセを聞かせたら「これはすごいアイドルだ!」と言い出して、ライブ映像を見る目はもはや恋する瞳に…複雑。

まさかの大河

私たち夫婦は、クラシックは全くわかりませんが、大河ドラマのテーマ音楽ならいつまででも聴いていられます。『秀吉』『功名が辻』『風林火山』『篤姫』『天地人』『龍馬伝』『真田丸』『せごどん』今年の『麒麟が来る』あたりが我が家のヘビロテ曲です。子供たちは大河音楽でノることを覚えました。

ああこうやってTVと親の趣味と気まぐれで音楽的趣味が形成されていくんだなと思うと、面白いのと同時に責任が重すぎて困ります。

私たちがたとえばクラシックにも造詣が深い親だったらよかったけどなあ、とも残念に思いますが、どこかで誰かが子どもたちにそんな刺激も授けてくれるかもしれません。

余談の余談

30代半ばの母、こうなると面白半分でついジャミロクワイを聴かせてみました。「床!おかあさん床はなんで動いてるの!!」という100点満点のリアクションに満足してその日は消灯。

 

若かりし当時、新しい音楽をむさぼり聴いていたのがウソのように今はなかなかインプットがはかどらず、どうしても古い音楽を聴かせることが多い気がしますが、長くいろいろな音楽を家族で共有して楽しめたらうれしいなと思っています。

偶然を師とする話

こんにちは。本日もtokiwaです。

小1息子は今週土曜登校があり、長い1週間がなんとか無事に終わりました。

じつは無事じゃなかったものもある

私は年を重ねるごとにいい加減さを増してきたタイプで、これは「正直どうでもいい」くらいに思っていることではあるのですが、見出しのとおり無事に週末を迎えられなかったものがあります。

それは息子の国語の教科書。

本日、ランドセルの中で一部が水に浸かった状態で発見されました。

なぜこんなことになったのか

水は、コロナ対策のために家庭から持たされている水筒のフタの閉め忘れで、ランドセルの中で飲み残しがこぼれたものでした。

濡れ方からみて、水がこぼれたのは、帰宅して、縦にしょっていたランドセルを横にした後のようでした。帰宅後ランドセルを床に放置したままゴロゴロしていた息子を促して開けさせたら、もう教科書に水が染み込んでいました。

ところで、彼が今日水筒のフタを閉め忘れてしまったのには理由があります。

それは初めて持っていく水筒だったからです。いつも持って行っている水筒とはフタの仕組みが違い、うっかりしてしまったようです。

そして、その使い慣れない水筒を持って行ったのにも理由があります。

昨日、家から持って行ったいつもの水筒を学校において来てしまったためです。

大騒ぎするほどではないにせよいろいろな失敗が重なって驚くような結末となり、私がドライヤーで教科書を乾かす傍らで、息子はさすがに涙目でした。

先回りの小言

「忘れ物しないでね」

「水筒のフタ、きちんと閉めてね」

「帰ってきたら早くランドセルの中身を空けて片づけてね」

繰り返してきたこれらすべての「母の小言」という予防線をかいくぐって、水筒の水は教科書を濡らしたわけで、母の身としては「いわんこっちゃない」の一言なのですが、言われただけでは響かなかった小言たちも、今回きっとそれなりの重みと手触りを伴ったと思います。

この程度の失敗で3つも学ぶなら安いかもしれないな、ともこっそり思う母でした。

やさしい偶然が先生になってくれる日々を祈る

逆に、小言に重みと手触りを持たせるためにわざと失敗させるようなことはなかなかできないので、偶然がよい先生になってくれました。

事故につながりかねないことなど、世のなか失敗が許されないこともあるわけで、そういう危険を回避できるように、先回りしていろいろ知ってもらいたい気持ちは変わりません。

そういえば今日は、ベランダから息子の帰ってくるのを見ていたら、息子が道を渡ろうとしたときに、ちょうど後ろから車が来ました。息子に気が付き減速してくださる善良なドライバーさんで、息子も落ち着いて止まって待つことができました。そうやって、私の小言は立体化されていくのかもしれません。感謝とともに、これからもやさしい偶然が先生になってくれる日々を祈りました。

米をきらして実家を思い出した話

こんにちは。本日もtokiwaです。

身も蓋もないタイトルになってしまいました…

誰にでもあるとりとめのない話です

昨日の記事でも触れましたが、私の実家は地方の田舎にあり、小規模稲作の兼業農家です。

これまでの人生、口に入れた米の9割以上は実家で作ったものだと思います。きわめて贅沢な部類の日本人だと自認しています。

精米して送ってくれる手間、東京の我が家の狭い住宅事情など踏まえ、一度に送ってもらう量は10キロ程度ですが、家族4人で自粛していると米の消費スピードは速く、ついこの前送ってもらったばかりなのにもう兵糧がつきかけている・・・みたいな状態になります。

実家とはいえ、売り物になりうるものをもらっているのだと思うと一応気の引ける心持ちもあり、ここ数日、お米を研ぐたびにうだうだと「今回はよそで買うかな、どうするかな」と迷うので、しばらく帰れていない実家のことを一日に何度も思い出します。

コロナで身動きが取れなくなるとは思いもよらなかったので、最後に帰ったのはいつだったかな。結婚してから正月やお盆には夫方に帰省し、私の実家には帰省の間隔が非常にランダムなのです。

米を頼む前に、もうすぐ母の誕生日が来るな。その3日後には両親の結婚記念日もくる。父の日の手配は実家の近くにいる弟と済ませたので安心です。

私の祖母は健在ですが、高齢には違いないので、本当はひ孫を連れてたくさん帰ってあげたい。

小学校には、祖母の家から通っていました。中学校からはバスで遠い私立校に通ったため、あまり地元の思い出という感じはしません。祖母の家の近くにある母校の小学校は、過疎が進んだために数年前に統廃合で廃校になりました。

最近、息子が「校歌」を練習しているのを目にして「そういえば私の小学校の校歌は、いつか誰も知る人がいなくなって消えてしまうんだな」という事実に気が付きなんとも寂しい気持ちになりました。

私は友達との付き合いも上手ではなく、正直楽しい小学校生活ではありませんでしたが、楽しい・楽しくない以前に、また良しあしはともかく、今思えば、多くの小学生にとって小学校は生活のほぼすべてなのだろうと思います。おそらく、それがゆえの寂しい気持ちです。

田舎に向かう電車にも乗れず、自分の通った学校すらもなくなって、なんだか子供時代がどうしても触れることのできない遠いものに感じたりします。

そんななか、救い半分、不思議な思いに駆られるのは、先ほどでてきた弟の存在です。

私の弟は、祖母の町で役場に勤めています。高校卒業後、東京の大学に進学してきて、私たち夫婦の近所に住んでしょっちゅう一緒にご飯を食べて遊んでいましたが、最終的に実家に帰ることを選んで東京を去っていきました。

日々を両親や祖母の近くで暮らして、きっと廃校になった母校の前を、毎日通勤で通り過ぎているはずです。

さいころの思い出を宿すものに、私は触れられないけど、弟は今もそれらと一緒に生きている。本人にそんな気はないでしょうが、弟が大事なものをつなぎとめてくれている気がして、寂しさの中に勝手に救いを感じることがあります。

実際に、東京に出したら出たっきりの娘にひきかえ、お嫁さんと孫たちと一緒に近くにいてくれる息子は両親や祖母にとっても心強いはずです。昔から頼りになる弟でしたが、最近はすっかり兄のような気がしています。

移動制限は解除されたとはいえ、子供もいるので心情的にホイホイ電車に乗って帰ろうとはなかなか思えませんが「実は私、ふるさとが恋しいな」と底が見えた米びつを前に思いを馳せるのでした。

小1息子をこっそり見守る話

こんにちは。本日もtokiwaです。

6月に入り小学校が始まってから半月がたちました。

我が家は、私が小1息子の登下校について行っていましたが、今日ついに「一人で帰ってくる宣言」が飛び出しました。

登下校の同伴有無は、家庭により考え方(もっと言うと「普通こうでしょ」と思うスタイル)が様々だと思います。自身の整理のためにもいろいろ記録しておきたいと思います。

一人歩き練習はかなり早くから始めた

我が家の息子はとにかくおっとり、ぼーっとしています。保育園時代から、女の子に巻き込まれるおままごとは不動の赤ちゃん役でした。そのため

「小学生になったら一人で歩かせないといけない」

この命題に対する我々両親の緊張感たるや半端ではなく、年長になると同時に、毎日の通園、公文の行き帰り、週末のお出かけ、すべての道程で「横断」と「駐車場の出入り」の安全確認を息子にさせるようになりました。

小学校の通学路も入学前3か月は毎週末歩かせるようにしました。

訓練期間は365日。十分長いように思えます。

ですが、成果は「これで安心」と思えるようには上がらなかったというのが正直な感想です。

  • 保育園からの父との帰路、道の反対側から歩いてくる私を見つけると飛び出しそうになって父に捕まえられる。
  • エンジンのかかった車が駐車場にいても、わき目も振らず目の前を横切っていく。

何度強く言い聞かせても、年度末の仕上がりはそんな感じでした。

そもそも一人で登下校させるのかで悩む

私も夫も、それぞれ地方のかなり田舎の出身です。子供時代、親に同伴されて登下校する子なんていませんでした。登校時には登校班があったし、下校時には一斉下校(最後には一人になりますが)が基本でした。そのため同伴の必要もなかったのです。

いっぽうで、大人になってから記憶をたどれば「あんな危ない歩き方をしていて、よく事故に遭わなかったな」と背筋が寒くなることも。親が見たら生きた心地がしなかったはずです。こういった経験があることは夫婦で合致しました。どこの大人も子供時代はそんなものなのか、我々夫婦がおっちょこちょいな組み合わせなだけかは定かではありませんが…。

我が家の学区では自由登校。しかも、交通量は私たちの実家のある田舎の比ではありません。「このなかを完全に一人で行かせるのか…」と頭を抱えましたが、よく見ると、割合としては多くありませんが、かなり年の大きい小学生も、お父さんやお母さんと一緒に通学路を行く姿が見られます。

交通事故以外にも物騒な事件も後を絶たない世の中です。ふと海外に目を転じれば「子供を一人で歩かせるのは日本くらい」などと言われ、まあでもその日本に住んでいるし、と迷う気持ちはありましたが、「これで大丈夫」と思えるまで、我が家は同伴しよう、と夫婦で決めました。そして仕事の関係で、実働部隊は私に。

行きは最後の交差点まで、帰りは先生とお別れするところまで

最初の数日こそ校門まで送り迎えしましたが、行きは最後の横断歩道を超えれば、ガードレールもあるし、校門で迎えてくれる先生方の目も届くし、特に危険はなさそうだとわかり、送るのはそこまでにしました。

すでに一人で登校してくる1年生ももちろんいます。お母さんと一緒のところを見られて恥ずかしい思いをしていないかなと心配し「お母さん、いつまでついて行こうか」と聞いたこともありますが「え、もう来ないの?」と聞き返され、「もういいよって言われるまで一緒に行こうか?」と提案すると嬉しそう。

帰宅は、当面は集団下校で先生やボランティアの方がついてくださいます。そのため、私は集団から離れるところまで迎えに行くようになりました。

「一人でおうちのドアを開けて入りたいの」

そういうわけで、迎えの姿をお友達にみられることも特段気にしていないのだろうと思っていたのですが、今朝こういう発言がありました。

「じゃあお母さんドア開けないで後ろで見ているから、開けてよ」

というと、そういうことではないと。「一人で歩いて帰ってきて、『ただいま』を言って『おかえり』と家族に迎えられて完成」ということのようなのです。

「ドアを開けるのは在宅している夫に任せて、どこかの物陰からこっそり見守ろうかな…」と怪しいことを思いつつ、近所の工事現場の前を通る時の注意点を再度確認し、学校まで送り届けました。

それからふと気が付いたのです。いつも私が迎えに行って立って待っている角から、我が家のベランダが見えていることに。

ベランダからじっと見る

結局、今日は外に出ずに、下校予定の時間にベランダに出て、道を眺めていました。すると、見たことのない女の子のお友達と楽しそうにお話しながら、驚くほどの速さで、スタスタ歩いてくる息子。ランドセルが大きい。しかし歩くの速い。最後の角で手を振って別れました。そしてマンションに駆け込んできました。

なんだかじーんときました。

ほどなくして我が家のインターホンが鳴り、顔をキラキラ輝かせた息子にようやく会うことができました。

 

明日もベランダに出ると思いますが、ベランダから見ていることは内緒です。上を見ず、周りをよく見て気を付けて歩いてもらいたいです。

子供の叱り方で悩む話1

こんにちは。本日もtokiwaです。

昨日のブログから24時間ほど経ち確信しました。やはり今、より「事件性」があるのが小学校入りたてほやほやの息子のほうなのだと。

いっぽう、在宅期間も四半期が見えベテランと化してきた娘はいうなれば凪です、今。

技術力皆無のごまかし

ここ数日、息子に関して非常に気にしていることがあります。

何かをごまかそうとすることが増えました。今週は、家では1日に2件くらい。
学校では連絡帳もまだなく(連絡帳にだってそんなことわざわざ書いてもらえないと思いますが)罪をさらに重ねているのかどうか、全くわかりません。

内容はささいなことばかり。ハンカチをまだランドセルに入れていないのに「入れた」と言う。帰宅してからまだうがいをしていないのに「した」と言う。

途中からは「ごまかせない」と思ってもらいたいがために、少し外堀を埋めるようなことも言ってみました。

ハンカチ入れた?「入れた!」。
じゃあ、お母さんランドセルの中みてもいい?「あ、待って」

うがいした?「した!」
洗面所のコップが乾いているけど、ほんとうにした?「あ、待って」

ごまかしの技術力どころか「前回追い詰められた」という学びすらも皆無で、知性が心配になるレベルです…

彼なりの学習なのだろうけど

元来、素直でおっとりして顔にすぐ出て小心者で、嘘もほとんどつけない子でした。

小学校に入ったら「ズバリごまかしが激しくなる」と予想していたわけではありませんが、環境変化で、一筋縄ではいかないことは増えるだろうなとは思っていました。

おそらくは、「小学生になったらもうお兄さんだ、きちんとしないといけない」とさんざん親や保育園の先生から発破をかけられて勇んで入学したところ「あれ?全然学校の先生おこらないじゃん。誰も細かいこと言ってこないじゃん」と気が付いたのだろうと思います。

それはそうです。小学校ってそういうところじゃない。生活習慣を親身になって指導してくれる保育園ではないし、まして何十何百という子どもたちがいるのに、本当に校庭から戻って全員が手を洗ったかどうかも、透明な下敷きを絶対に忘れていないかどうかも、逐一チェックしない。

1年くらい前は、珍しくごまかしがあったときに「もし誰も気が付かなくても、あなた自身は気が付いているよ。誰かに言われなくても、ずっと気になるでしょう」というと、何度もうなずきながら涙していたものでした。

今はそれよりも、新しい環境でどれだけ楽をしてもOKなのかが最大の関心事のようです。生き物としては合理的になってきたなと妙に感心してしまう部分もあります。

大人にとっての嘘

「嘘はいけない」その理由は、もちろん良心に響いてほしいところですが、それだけに訴えるのは限界があるなと感じました。

とはいえ「バレて叱られる」から嘘がよくない、と思ってもらっても困るのです。

  • バレても叱ってくれない人もいる。そのまま黙って離れていく人もいる。
  • 逐一見ているわけでもなかったけど、ふと目を遣ったらごまかしていた。その1回で信頼関係の全てが失われた。

正義に照らして、そもそも嘘はよくない。それでも嘘をついたなら、こういうリスクをすべて自分が背負うことになる。

変な言い方ですが、「それでもいい」とそのリスクと責任を負える大の大人が嘘をつくのは、もう周りがとやかく言うことではないと個人的には思うのです。

嘘がもたらすもの

ただその責任を理解し背負うことができない子供時代、親は「良心」とともに、「嘘がもたらすもの」をどうやって教えていけばいいのか。

  1. とにかく片っ端から検挙する→「お母さんだけは厳しいけど、よそではどうせバレないからOK」と思われては困る
  2. 私があえて「あなたはいつも嘘をつくからなぁ」と息子の言葉を信じず、信頼を失う疑似体験をさせてみる→さすがに親としてもやっていいことと悪いことがあるというか、親子の信頼関係に本格的なヒビが入りそう
  3. 「せっかくの学校で悪いことを覚えてくるなら、もう学校に行かなくていい」と一度だけ明確に伝える

どれもいいことばかりではありませんが、「嘘をついていいかどうかは環境が決めることではない」ということを今は何より伝えたく、おそらく次に何かあれば3を選択すると思います。

子育ての悩みが複雑化して「ああ子供が育っているんだな」というしみじみした思い半分、「でも1回1回のやりとりでいい加減なことはできないな」というストレスまじりの責任も強く感じます。

いつか読み返したときに、今日の私に「大丈夫、いい子に育ってるよ」と笑えるように、日々向かい合いたいところです。