tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

生き方の選択肢 仕事を見直した話1

こんにちは、tokiwaです。

コロナが日本でも流行したことで、今後の「生き方」を考えさせられてしまった

という人は大変多いのではないかと思っています。

これから、自己紹介を兼ねて、私が子どもを育てる上であれこれ悩みながらたどったキャリア変遷を書いてみたいと思います。

 

tokiwaは30代の女性です。

夫と子供2人と、東京でささやかに暮らしています。

我が家は夫婦とも外に勤めに出るスタイルの「共働き夫婦」でした。

つい最近、春先に私が会社を退職するまでは。

 

当時はコロナが日本でも猛威を振るい始めた矢先でした。

東京では、「在宅勤務」の協力要請に応じる企業が増えてきていました。

私の勤め先はBtoBの人材サービス企業だったため、事業内容的にも、またその段階で敷いていたネットワーク環境はじめとする物理要件的にも、全社を在宅勤務とすることは十分可能でしたので、管理部門に勤めていた私は、全社の在宅勤務向けた下準備を自主的に始めていたのですが、

話し合いの末、社長の一存で、在宅勤務は実施しないということが決定されました。

理由は「①懸命に事業投資をしてきた当社には内部留保がない。仮に在宅勤務導入によって一瞬でも生産性が下がるのは、大変な危機である。②また、お客様企業の中には、事業内容上、在宅勤務せず水際で頑張っている方々もおられ、そういった方をしり目に我々が在宅勤務するわけにはいかない」とのこと。

これについてこの場で指摘・論破する意味はないのでそういったことは控えますが、少なくとも、私は一仕事人として、この方針に合わせられる余地が全くありませんでした。

娘は保育園に通っていました。先生方も見えないリスクのなか本当に頑張ってくださっていましたが、毎朝「未知のウィルス相手の戦いの生活のなか、預けて大丈夫だろうか」と心配しながら送り届け、何事もなかったことを一日の終わりに布団の中で感謝し、また明日のリスクにおびえることを繰り返していました。

そうして、子供がお世話になっている保育園で、とうとうコロナウィルスに罹患する方が発生しました。

もう、仕事の進退について何も迷いませんでした。そしてこれまでの自分の「ワーキングママ」としての自分の在り方に、心底後悔しました。

心配しながら子供を保育園に預け、私がした仕事はいったいどれほど立派なものだったのか。

娘は帰宅後に発熱しました。

退職を申し出、その夜は布団の中で一晩中涙が止まりませんでした。

明日、熱が下がっていなかったら。

そのまま症状が悪化して、病院に連れて行ったが最後、もし、連れて帰ってくることができなかったら。

子どもの体調不良です。母親が共倒れになってはどうしようもないのですが、大きな不安に襲われ、一睡もできませんでした。

「神様、この子を私から奪わないでください」とただただ祈るばかりでした。

 

幸運なことに、娘は検査でウィルスが検出されることもなく、熱も下がっていきました。

 

ですが、私に見える世界は、もう元通りのものではありませんでした。

納得のいかない仕事に時間を奪われている場合ではない。

後悔しない生き方がしたい。

子育ても、仕事も、今までのことを後悔していました。

後悔することになるなんて思ってもいなかったのに。

 

変えられるものをすべて変えないと。と思いました。

「後悔しない」。そのためになすべきことはどんなことでもなそうという気持ちに迷いはありませんでした。