tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

生き方の選択肢 仕事を見直した話4

こんにちは。本日もtokiwaです。

今日こそエアコンの出番かと思いましたが、湿度が低くて風があり、室内でも窓を開けて扇風機をかければ快適な午後です。

最近の仕事探しまでの経緯

生き方の選択肢 仕事を見直した話3では、「家族の教育費を稼ぎたい」「社会に役立ちたい」思いで再就職したものの、どうして会社を転々としてしまったかを自分なりに振り返っていました。

1社目→収入は文句なしだったが、ワークライフバランスが全くとれなくなった

2社目→入社した瞬間はワークライフバランスがとれたが、昇進につれなし崩しになりかけていた、かつコロナ禍のなかの経営方針に同調できなくなった

そこで、次の仕事探しでこだわろうと思った条件が「経営者に共感できる」こととともに「完全在宅」「子供が病気なら休める」などでした(生き方の選択肢 仕事を見直した話2)。

「完全在宅の時短勤務正社員」なら本当にいいのか

上に挙げたような条件にこだわることは、そもそもかなり応募先の間口を狭めるのですが、そういう企業がなくもないのがこのご時世です。

実際、退職後にいくつか条件にあう企業と話をさせていただくこともでき、これまでの職歴から経営企画職としてのお声がけも頂戴しました。

社員はみな出社していない、ママがたくさん働いている、公教育にダイレクトに支援ができるやりがいのある仕事…

とても素敵でした。「ここに決めた」と思ったこともあります。

ですが、実際に就職にはいたらず、今を迎えています。

自分が掲げた条件に合致しているはずなのに、なんだかうまく言葉にできない不安が拭えず、もっと自分の考えを掘り下げて確認したほうがいいかも、という気がし始めていました。

そんな中、面談を重ねていくと、ある日社長が「昨日も私は徹夜で」と一言。

その企業は、公教育関連のサービスを提供しているため、緊急事態宣言下で厳しい状況におかれた全国の学校からの需要が急激に高まっていました。

社長をはじめ事業に関係する社員の方々は、会社のミッションを胸に、急増した需要に懸命に対処なさっているようでした。設立以来、こういった忙しい状況は初めてだったそうです。

社会に貢献したかったはずなのにこの話を聞いて足がすくんでいる自分に、すぐ気が付きました。
「私は、組織で総合職としての責任を負える状態ではなくなっている」と認めざるをえませんでした。

どの企業にも、お客様と商材がある以上、当然こういうことがあります。環境が変わるその瞬間は、いつもより忙しくてもある程度仕方ない。この混乱する社会で、強く求められているときに頑張らないわけにはいかない。それは会社の利益のためにも、社会の利益のためにもです。

なのに、そこに飛び込むことに後ろ向きな自分に気が付いたときはショックでした。私はこんなにも自分のことしか考えていないのか。こんな覚悟で、正社員として、総合職としてやっていくつもりでいたのかと、恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。

気持ちが伴わなければ、身体は結局止まってしまう

とにかく、今の気持ちでこの仕事を始めても、続けられないことははっきりしていました。

これまでの仕事探しだって、いつも「転職」がしたかったわけではないのです。でもこの気持ちのままでは、早晩、その仕事に出勤することができなくなる、身体が動かなくなる、とわかるのです。

やりがいを感じていたはずのことが「どうでもいい」「やりたくない」と思えてきたら、そうなってしまうまで時間はかからない、ということも経験的に知りました。

だから、自分の気持ちが納得できる、身体が向かっていける仕事を探しなおす。「納得」は、そのとき自分が仕事に求める条件がもたらす。それが私にとっての転職活動でした。

いま、私の気持ちは、新しい会社に入る前だというのに、仕事から逃げている。

私は、もしかしたら社会に貢献したいなんて思っていなかったのか。

それなら、本当は仕事を通じて自分がどうあればいいと思っていたのだろう。

自分の「気持ち」を見直し、「仕事」や「仕事をする生活」に、何を求めているかをもっとはっきり知らないといけない。

あまり考えたくありませんでしたが、これ以上いたずらに入社と退職を繰り返さないためには、改めて考えざるを得ませんでした。

気持ちが向かっていく仕事=好きな仕事

気持ちが向かっていく状態を維持しなければ、仕事を続けていくことができない。

「それは甘え」という向きもあるかもしれませんが、私にとっては真実です。

「やりたい」と感じたものに着手し、送りたい生活を送らなければいけない。

そう考えたときに、「次の仕事も会社員」という前提を、ようやく取り払いました。

私は「社会の役に立ちたい」と思っていないのだろうかと心配もしましたが、やはり何度考えても、誰かに笑顔になってもらいたい気持ちはあるのです。

でも、家や子どもの用よりも仕事の優先を求められることは、たとえ数少ない機会であても、自分で思っていた以上に受け容れ難かったのだとわかりました。それがゆえに、私は総合職の責任が負えないのだと整理ができました。

ならばたとえば定時の事務パートではどうだろう、とも思いましたが、我が家はこの4月、上の息子が申し込んだ公立の学童保育から定員オーバーで落選していました。そのため、民間学童に預けると、事務パートでは収支があわないという問題もありました。

このことは、「家にとどまりたい」という私の気持ちとも偶然合致しました。

家にとどまり、家族を徹底して優先し、やりたいことにこつこつ取り組み、収入は下がるが、その分子どもを「預ける」コストをかけることをやめる

これが、今たどり着いた我が家の形です。

夫のことば、「働く」のとらえ方など、まだまだ書きたい

とにかく早めにサゲ(オチ)をつけたい思いがあり、主に私の仕事選びの軸の変遷に焦点を絞って駆け足で書いてきました。

お付き合いくださりありがとうございます。

節目節目での夫の反応や支援、いろいろな働き方を経ての就労観、家計との折り合いのつけ方など、まだまだ「仕事と生活」のテーマで書きたいことがたくさんあります。

アカデミックな所謂キャリア論は展開できませんが、当事者としての実感のこもる整理を、なるべく丁寧に言葉にしたいと思っています。

もしそれができれば、小さいけれど価値があるかとも。

また御覧いただけたら、たいへんうれしいです。