tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

小1息子、入学初期の算数への取り組みの話

こんにちは、本日もtokiwaです。

在宅の仕事で応募しているものが複数あるのですが、それらが同時に選考プロセスを迎えていて、少しバタバタし始めています。前にすすみ始めたら、こちらにも記録していきたいです。

さてそんな中、止められないのは子どもの自宅学習。

小1はじまったばかり(?)の今、息子がどんな様子で算数に取り組んでいるか書いていきたいと思います。

自宅学習 must go on

自宅学習を減らそうがやめようがもちろん家庭の自由ではあるのですが、病気や事故でもないのに、大人の都合で一度止めたが最後だと思っています。それは子供にとっては理不尽以外の何物でもないので、親もがんばりどころということで…。

何百枚もある自分の仕事のための資料を読み込みながら、くもんの問題の前に座る、全然集中力のない息子の尻を数分おきに叩く(比喩です、念のため)。

親の仕事のほうは、全然進みません。

集中してまとまった時間を取りたいなら結局は子供が寝た後しかないという、会社員をやっていたときとあまり変わらない苦労がそこにあります。

コロナのさなかのテレワークで生産性下がっている会社があるとしても、経営者のみなさん、それは在宅のせいじゃないですよ!コロナのせいで「休校している子供の世話」と「仕事」を同時にせざるを得なかったから、子育て社員の実稼働時間が奪われてただけ!悪いのは「在宅」じゃなくて「コロナ」ですから!

話がそれました…

涙にくれる息子

色々な受け取られ方をすることを承知で書くのですが、息子は泣きじゃくりながら公文の算数をやることがしばしばあります(泣いてもやらせる苦渋の判断についてはまた後日書きたいと思います)。頻度は減ってきていますが小1になった今もです。

今日も泣いていたので、それを尻目に(自分の分厚い資料も尻目に)、公文を始めてからこれまで2年強、どんなときに泣いていたか振り返ってみました。

  • 何十、何百という数をひたすら数えるとき(入門初期の頃の課題)
  • 繰り上がり・繰り下がりのない計算問題
  • 九九の計算問題

これらはいずれも、その当時の本人にとって噛み応えのない、何も考えなくてもとにかく手だけ動かせば必ず終わる類の問題ばかりです。

私も当時から何度も「何も考えなくてもやれば終わるんだよ?泣いてる間にやればそれだけ早く終わるんだよ」と説得?励まし?(…になっているかも怪しいですが)を試みてきたのですが、とにかく本人の気持ちの問題なのです。手を進める気が起きないようなのです。

今日、改めて聞いてみました。

「考えなくてもすぐわかる同じことをくり返さないといけないときと、すぐにはわからないことをあれこれ試さないといけないときは、どっちのほうがイヤ?」

新しいことが好き?

「繰り返して飽きちゃうほうがイヤ。試すほうがいい」

薄々そうかなと思ってはいたものの「簡単ならハッピーというわけでもないんだな」と、不思議な子供心に触れ、母の心は驚きとともに性善説に少し傾きさえしました。

以前の記事でも書いた通り、計数感覚・数量感覚そのものは公文で育ててもらえるわけではないので、「9」と言われれば9つの〇を描き、「引く3」と言われれば手で〇を3つ隠すようなデモをこれまで息子と繰り広げてきたわけですが、そういうときは「あ、次は僕がやる」と前のめりなのです。

こういう「次の理解に進むための実験」を大切にしてあげたいな、ここに知る楽しみを感じてほしいなと思っているので、定着のための練習の退屈さや面倒さをどうのりきってもらうか、これから学習量が増えるとますます悩みの種になりそうです。

根性も育って、自力でカバーしてくれるようになるととてもうれしいのですが…。