tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

生き方選択の「幸せ」を細かく分解してみる話2

こんにちは。本日もtokiwaです。

在宅だけど激務になった夫とその妻

夫は在宅勤務になってから、3倍くらい忙しくなりました。
(「つらくても、子供にすぐ会えるほうがいい」と本人は在宅勤務歓迎モードです)
もともと人と話すことがアウトプットの大部分を占める仕事です。
直接人と会えないとなると、その場で身振り手振りを交えて話して、質疑などを受け付けてその場で考えて返事をすれば済んでいた大半のことを、別の形で表現せざるを得ないのですが、その「別の形への転換」に気の毒なほど時間がかかっています。

コロナ以前、私が会社員をしていた最後のころは、家事の半分を夫に担ってもらう前提の働き方をしていたので、よく「tokiちゃんが会社辞めてなかったら、逆にうちは回らなかった…」と言われます。

私は家事・育児の割合を増やすことを願ってこの働き方(生き方)に転換しましたが、それにしても、今は家で仕事の試験準備と100%の家事育児で、のっけから割と忙しい状態になっています。

忙しいけど、なんにも気にならない

それでも、「忙しさ」を受け止める心持ちが今までとは全くちがって、一瞬一瞬が、なんというか全て「こうしたかったんだ」という気持ちです。

息子が生まれてから再就職するまでの1年間、2人目の育休をとった1年間、家で家庭のことを主として担いながら暮らしてきて、再々度このように家中心の生活をして確信していますが、こういう生活が私は一番好きです。「家にじっとしているのはつらかった」「育休が耐えられなかった」という人のほうが周囲には多いので、本当に人それぞれの好みや向き・不向きなのだろうと思います。

当面、日中は家と子供のことを一手に担い(小1息子は昼に帰宅、保育園児娘はまだ救援で終日家にいます)、夜に仕事の準備をする生活が続きそうです。

おそらく、夜寝かしつけが終わってから仕事を再開していた会社員時代のような忙しさになると思いますが、その頃のような「いつまで続くの?どうしよう」とか「できるだけやることの量を減らしたい。何なら全てやりたくない」という気持ちは全くありません。

家事も含めて納得づくのやりたいことばかりが目の前に広がっていて、寝る間も惜しんでやりたい気持ちです(実際に寝る時間を軽視するとロクなことは起こらないというのも経験しましたので、意識して休みます)

ゴールは、仕事の準備が功を奏してきちんと収入になることですので、緊張感をもってきちんと取り組みたいと思います。

遠回りして当たり前のことを確認

生活や仕事を変えてみて改めて確認するのは、同じ忙しさでも、幸福度は全く違うということ。私にとっては、同じ量の忙しさの中に「家のこと」「子供のこと」を自分の希望通り自分の手でできることが含まれているのが、おそらく何よりも重要だったのだということです。

それがあって初めて、家事・育児でない時間には、自分で選んだ仕事に、前向きに取り組めるという気持ちの持ち主なのだと思います。

自分の気持ちを直視せずにいてはたどり着けなかった回答だと思います。