tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

米をきらして実家を思い出した話

こんにちは。本日もtokiwaです。

身も蓋もないタイトルになってしまいました…

誰にでもあるとりとめのない話です

昨日の記事でも触れましたが、私の実家は地方の田舎にあり、小規模稲作の兼業農家です。

これまでの人生、口に入れた米の9割以上は実家で作ったものだと思います。きわめて贅沢な部類の日本人だと自認しています。

精米して送ってくれる手間、東京の我が家の狭い住宅事情など踏まえ、一度に送ってもらう量は10キロ程度ですが、家族4人で自粛していると米の消費スピードは速く、ついこの前送ってもらったばかりなのにもう兵糧がつきかけている・・・みたいな状態になります。

実家とはいえ、売り物になりうるものをもらっているのだと思うと一応気の引ける心持ちもあり、ここ数日、お米を研ぐたびにうだうだと「今回はよそで買うかな、どうするかな」と迷うので、しばらく帰れていない実家のことを一日に何度も思い出します。

コロナで身動きが取れなくなるとは思いもよらなかったので、最後に帰ったのはいつだったかな。結婚してから正月やお盆には夫方に帰省し、私の実家には帰省の間隔が非常にランダムなのです。

米を頼む前に、もうすぐ母の誕生日が来るな。その3日後には両親の結婚記念日もくる。父の日の手配は実家の近くにいる弟と済ませたので安心です。

私の祖母は健在ですが、高齢には違いないので、本当はひ孫を連れてたくさん帰ってあげたい。

小学校には、祖母の家から通っていました。中学校からはバスで遠い私立校に通ったため、あまり地元の思い出という感じはしません。祖母の家の近くにある母校の小学校は、過疎が進んだために数年前に統廃合で廃校になりました。

最近、息子が「校歌」を練習しているのを目にして「そういえば私の小学校の校歌は、いつか誰も知る人がいなくなって消えてしまうんだな」という事実に気が付きなんとも寂しい気持ちになりました。

私は友達との付き合いも上手ではなく、正直楽しい小学校生活ではありませんでしたが、楽しい・楽しくない以前に、また良しあしはともかく、今思えば、多くの小学生にとって小学校は生活のほぼすべてなのだろうと思います。おそらく、それがゆえの寂しい気持ちです。

田舎に向かう電車にも乗れず、自分の通った学校すらもなくなって、なんだか子供時代がどうしても触れることのできない遠いものに感じたりします。

そんななか、救い半分、不思議な思いに駆られるのは、先ほどでてきた弟の存在です。

私の弟は、祖母の町で役場に勤めています。高校卒業後、東京の大学に進学してきて、私たち夫婦の近所に住んでしょっちゅう一緒にご飯を食べて遊んでいましたが、最終的に実家に帰ることを選んで東京を去っていきました。

日々を両親や祖母の近くで暮らして、きっと廃校になった母校の前を、毎日通勤で通り過ぎているはずです。

さいころの思い出を宿すものに、私は触れられないけど、弟は今もそれらと一緒に生きている。本人にそんな気はないでしょうが、弟が大事なものをつなぎとめてくれている気がして、寂しさの中に勝手に救いを感じることがあります。

実際に、東京に出したら出たっきりの娘にひきかえ、お嫁さんと孫たちと一緒に近くにいてくれる息子は両親や祖母にとっても心強いはずです。昔から頼りになる弟でしたが、最近はすっかり兄のような気がしています。

移動制限は解除されたとはいえ、子供もいるので心情的にホイホイ電車に乗って帰ろうとはなかなか思えませんが「実は私、ふるさとが恋しいな」と底が見えた米びつを前に思いを馳せるのでした。