tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

小1息子、入学前の国語への取り組みの話

こんにちは、本日もtokiwaです。

突然ですが、国語と算数、好きだった教科はどちらでしょうか。

私は断然国語派でした。

国語は例えばテストでも、算数に比べて「文章題の正解の幅がちょっと広い」「部分点がとりやすい」ところがある気がして、捉えようによっては簡単な教科にも思えてしまい、息子の小学校入学にあたって算数ほどピリピリしなかったのですが、最近少しずつ力を入れ始めました。

小学校入学までにどんな準備をしたか(遅れや反省も含め)、小学校に入学した後にブーストしたのはどんなことか等、数日に分けることになると思いますが書いていきたいと思います。

国語学習の皮切り「ひらがな・カタカナ」

小学校入学後のオンライン授業を見ていて「やはり」と再認識したのが、小学校入学段階では、学習指導要領的には「ひらがな・カタカナを読み書きできることは前提としていない」ことです。みんながひらがなを初めて練習する想定で授業が進んでいきました。

いっぽうこれは肌感覚ですが、周囲を見渡すと、小学校入学時点でひらがな、カタカナはひととおり読み書きできます、というお子さんが多いような気がしています。

息子が赤ちゃんの頃から、なんとなく周囲のその雰囲気を感じとっていた我が家も、入学までに字は一通り書けたらいいな、ということを仮の目標に据えていました。

習字で「にら」と書かせる保育園

息子は私立の認可保育園育ちです。

前身が幼稚園であったそうで、園生活での習い事やイベント、いろいろな経験をさせてもらいました。

5歳クラス(年長)は、習い事のなかに「お習字」がありました。息子がまだ入園したての頃、廊下に貼りだされる5歳クラスの立派な作品の数々を見て「うちの子、5歳になってもこんなのきっと書けない…」と不安になったものです。

しかしそこは園できちんと段階を踏ませてくれており、2歳クラスも年度末になると「自分のお名前を読めるようにしてください」という指示が出、3歳クラスも後半になると本格的にワークを使った「ひらがなの練習」が始まりました。

入園させる前にはこんなカリキュラムがあるとは全く知らず、「小学校までに」などとのんびり構えていた母は驚きと焦りを感じました。案の定、ある日先生から「ちびtokiくん、ワークのとき、マスをなぞってばかりいて字の練習をしてくれません」と比較的まじめな注意を受け、白紙(に見える)のワークを返却されました。

わが息子、なにか新しいことや想定外のこと、未知の出来事があると、人の話を聞かず己の精神世界にこもりがちな面があり、幼い頃は今よりなおそれが顕著でした(それはそれでまた別の記事に書くかもしれません)。

どうしたものかと思いましたが、幸い、時を同じくして恐竜への興味がめざめ、図鑑を読みたいがために字を覚えるようになりました。ワークはしばらくマスばかりなぞっていましたが、目的は達成されたので結果オーライです。

4歳クラスでは「他人が読めるかギリギリ」「消去法で当てにいけば読める」みたいな字を書いていましたが、読むことはほとんどできるようになっていたと記憶しています。そして5歳クラスでは、往年の先輩方や同級生と同じように、楽しくお習字ができるようになりました。春、初めての作品の掲示。「にら」「にら」「にら」…と貼りだされたときにはクラスの保護者LINEがちょっとざわつきましたが。

年長で公文の国語を追加受講

いくら自分たち家族のなかで「小学校までに字を覚えてくれれば」と仮に決めてみても、結局、一緒に生活している保育園のお友達の進度が早ければ置いて行かれる形になってしまいます。うちの息子の場合は性格的にも、上に書いたように「少し気を付けないといけないところ」もあり、もし一人置いていかれる状況になれば極端に自信をなくして閉じこもってしまうであろうことは容易に想像がつきました。

息子は、保育園の4歳クラス在籍時に公文の算数を始め、最初の1年は算数だけでも苦労したのですが、毎日の公文の学習リズムがつかめたと感じたこともあり、5歳クラスに進級したときに国語も始めようということになりました。

保育園での学習が先行していたため、ほぼ「読める」状態からのスタートで、1文字1文字の練習、単語の練習を繰り返し、おそらく1年近くひらがな・カタカナをやっていたのではないでしょうか(ブログを書いてみたらもう記憶があいまいなことに自分でびっくりしています…参考情報を探しに来られる方がいらっしゃったら申し訳ないです…)。短い文章の音読と並行して、ずっと文字の練習が続いていました。

母は「とめ・はね・はらい」警察

思ったより長い期間がかかったとはいえ、停滞はすることなく公文の学習は進んでいきました。当時、馬車馬会社員で忙しくしていたこともあり、「算数だけは!」と算数の学習は父か母のどちらかが毎日確認するものの、国語に関してはプリントをやっている姿が確認できれば出来栄えまでは細かく見ない状態でした。そもそも、文字の練習に正解も不正解もなく、練習さえしていれば問題はないと思っていたのです。実際、公文のテストを受けて合格し内容的にも前進していたので、客観的にも「字が間違っている」わけではなかったと思います。

遊びの中で、絵とともに字をかいていることも多くありました。息子の筆跡が定まってきたなとも感じていました。

ですが、小学校入学後、初めて配布された小学校の自宅学習用プリントの大きなマスに書かれた字を見た瞬間、母の中で違和感が広がりました。

「この子、ほとんど全部の画をはらってる!」

筆圧の弱さは私のほうでも認識していたのですが、それが一画一画のはらいにつながっていました。

「現在では、とめ・はね・はらいは細かく指導されない、テストの採点上も甘くなっている」と聞いたことがあります。ですが、約30年前に厳しい指導を受けた記憶が鮮明に残る身としては「この字ではバツになる」という心の内なる声をどうしても無視できず、「採点が甘い」と聞かされても「でもどこまでがOKだかわからない」という不安にしかつながりません。

自粛でカンヅメの中、母は唐突に「とめ・はね・はらい」警察と化し、マンツーマンで「とめ・はね・はらい」の概念そのものを吹き込むところから始め、違反の摘発を繰り返し、「?」な顔をしている息子の手をとり修正し、ほめておだてて、本人がお絵描き感覚で字形にこだわることができるところまでなんとか持っていきました。怒涛の5月でした。

今では筆圧は少し強くなったと感じています。

ただ、字形は少し気を抜くとあっという間に崩れるものです。あまりくどくど注意ばかりでもよくないのでは…という思いもあり、よい字を見逃さず、面倒くさがらずに逐一誉める、ということを普段勉強をみている私がどれだけできるかが勝負な気がします。

 

国語学習は、文字の面では漢字、そのほかにも読解・文法がその後に広がっています。我が家の国語学習の取り組みと進捗について、また続きを書いていきたいと思います。