tokiwaの日々

子供の学習や発達に関する考察とアイデアのまとめ帳

小1息子の友達の作り方が大人には理解できない話

こんにちは。本日もtokiwaです。

息子の小学校が始まってついに1か月が過ぎようとしています。

今日は、1か月、彼の交友関係が広がっていくのを見守った経緯を書きたいと思います。

皆はじめて会うお友達だった

我が家は昨年度の途中で今のマンションに区外から引っ越してきたため、当時保育園5歳クラスだった息子は転入前の区(隣区)の保育園に卒園までお世話になっていました。

そのため、入学時点で区内の幼稚園や保育園から上がってくる同級生のお友達を誰一人として知らないまま、入学以来6月までずっと休校になってしまい、「お友達ができるだろうか」と、本人も親も、手をこまねきつつドキドキが募るばかりでした。

オンライン授業では子供同士の会話なし

5月にはオンライン授業が始まりました。

何かあったときのPC操作の補助などのため、私が隣でカメラに映らないよう隠れながら仕事をしていました。

そうしてオンライン授業の様子をずっと見ていることになったのですが、リアルで一堂に会したことのない新しいクラスへの先生のご配慮や授業時間の短さもあり、子供たちが直接言葉を交わすタイミングはありませんでした。発言は挙手、先生に向かってするものでした。

それでもときどき、授業終了後に同じ幼稚園出身と思われるお子さんたちが「おーい〇〇ちゃーん!」と画面に向かって手を振り合う様子などがあり、本来ほほえましいはずなのに、「この中で知り合いが誰もいない子はうちの子だけかもしれない…もしこの輪に入れなかったらどうしよう…」と私は自分都合のヒヤヒヤを募らせていました。

息子本人はというと、挙手して当ててもらえた、みんなと「授業」ができたんだ、と毎日とてもイキイキしていて、振り返ると本当に取り越し苦労だったなと思います…。

「しゃべる時間なんてないよ」

ならし期間のようなオンライン授業を経ての6月、ついに登校が始まりましたが、最初の10日前後は、たしか2時間もせず帰宅していました。

「今日は休み時間にお友達とお話した?」

と聞くと

「休み時間なかったー」

と平然と返され、あ、それはそうか学校に2時間もいないんだもんね、とソワソワに冷や水をかけられた気持ちになる毎日でした。

「あれは後ろの席の友達」

縦割りのクラス別の分散登校をしていた時期、毎朝の通学時、よく会う子の顔がだんだんわかってきました。1年生はランドセルに蛍光カバーをつけているので、結果的にどの子が息子のクラスメイトだかがわかります。

「あ、チビtokiくんだー!」

と道の向こうから手を振ってくれる子もときどきいます。

「おはよう」

と息子も小さい声であいさつして手を振り返し、合流し、特に話がはずむわけでもないのですが皆で団子になって(密!)通学するようになりました。

帰宅した息子に、

「ねえねえ朝会ったお友達はなんていうの?」

と聞くと

「わかんない」

「え、でも知ってる子だよね?」

「うん、後ろの席の子」

「よく話すの?」

「うん、ときどき一緒に話すよ」

そう、息子は、言葉を交わして顔を認識しても(マスクで半分隠れているのにみんなすごい)、なかなかお友達の名前を覚えないのでした…

同じ頃、連絡帳に先生から連絡事項の追伸で

「お友達とよくかかわっています。ほめてあげてください」

と書いていただいているのですが、名前がぜんぜん覚えられないのにうまくいってるんだ、とうれしいと同時に「?」が頭に広がったものです。

「マイクラやってる子と約束した」

最近は、「クラスに僕みたいにマイクラやってる子がいた、『こんど〇〇作って』って言われたよ」とるんるんしています。

小学校にゲームは持って行かないし、オンラインでのやり取りもないし、一緒に遊ぶ約束をしたわけでもないので、頼まれたものを作っても見せ合う目途もないのですが、こういうやり取りって不思議ですね。本人たちに満足感はあるようです。

必殺「名前はちょっとわかんないけど…」

結果、三十余名のクラスに在籍する息子から聞いたお友達のフルネームはこの1か月で2人だけでしたが、どうもカウントできない形でお友達が増えているようです。フタを開けたら公文の教室が同じだったお友達、英会話が一緒だったお友達がいましたし、仲良くしてもらっていますが、お互い固執して凝り固まるわけでも閉じこもるわけでもなく、とても楽しくやっているようです。

繊細が過ぎる息子ですが、保育園・小学校とこれまで大過なく交友関係を築けているのは、きっとお友達が本人にとってよき鑑になってくれているということなのだろうなと思います。

ただ、保育園入園以来約4年ぶりに新しいお友達の輪の中に入り、うちの息子が本当に名前を覚えないヤツなのだということは驚きとともに重々理解しました。

驚いてはみたものの、こういったネットも然り匿名の世界で(私は幸運にも殺伐とした匿名世界に身を置かされたことがないので)「あなたがどこの誰かに関係なく、何が好きでどんな信念をもってるかで判断するよ」ということと、実は変わりないのかもな、とも、こういう記事を綴る身としてはふと思ったりもするのでした。